札幌地方裁判所 昭和48年(ワ)3067号 判決 1976年4月20日
原告
小林滋
原告
高橋雅子
右両名訴訟代理人
大島治一郎
被告
吉田龍雄こと
金龍海
被告
北海道
右代表者知事
堂垣内尚弘
右訴訟代理人
斎藤祐三
右指定代理人
井上豊秀
外一名
主文
一、被告金龍海は、
(一) 原告小林滋に対し、金一六二万〇、三七〇円及びこれに対する昭和四七年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員、
(二) 原告高橋雅子に対し、金九八万三、七四〇円及びこれに対する昭和四七年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員、
をそれぞれ支払え。
二、原告らの被告金龍海に対するその余の請求、及び被告北海道に対する請求をいずれも棄却する。
三、訴訟費用中、原告らと被告金との間に生じたものはその四分の一を原告らの、その余を被告金の負担とし、原告らと被告北海道との間に生じたものは全部原告らの負担とする。
四、この判決は、原告らの勝訴部分にかぎり、
仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
(一) 被告らは各自、
1 原告小林滋に対し、金二一一万二、二九〇円及びこれに対する昭和四七年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、
2 原告高橋雅子に対し、金一七三万〇、七〇〇円及びこれに対する昭和四七年八月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
(三) 仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
(被告金)
原告らの請求はいずれも棄却する。
(被告北海道)
(一) 原告らの請求はいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(三) 担保の提供を条件とする仮執行免脱宣言。
第二、請求原因
一、事故の発生
原告らは次の交通事故(以下「本件事故」という。」により負傷した。
1 日時 昭和四七年八月二八日午前〇時二五分ごろ
2 場所 札幌市中央区南一九条西八丁目交差点(以下「本件交差点」という。)
3 加害車 普通乗用自動車(登録番号札五五す三四―六九号)
右運転者 被告金
4 被害車 普通貨物自動車(登録番号札四さ四五―七二号)
右運転者 原告小林滋
5 事故の態様
原告小林が、被害車の助手席に原告高橋を同乗させて南一九条通りを西進し、本件交差点にさしかかつたところ、西八丁目通りを同交差点に向け南進してきた加害車に衝突された。
6 結果
(1) 原告小林関係
(イ) 受傷内容
脳挫傷、頸部捻挫、左肩捻挫、左肩胛骨々折、肩峰突起骨折、左肩関節挫傷、左肘関節挫傷、骨盤骨折
(ロ) 治療状況
昭和四七年八月二八日から同年九月一六日までの間琴似中央病院に、同月一六日から同年一二月二八日までの間保全病院にそれぞれ入院。同月二九日から昭和四八年六月四日までの間は毎日保全病院に通院。また左肩の針金の摘出手術のため昭和四八年六月五日再入院するに至る。
(ハ) 後遺障害
左肩関節運動障害。右は後遺障害等級一二級に該当する。
(2) 原告高橋関係
(イ) 受傷内容
頭部・顔面部・右前腕部・左下腿部挫滅創、全身打撲、頭蓋内圧病
(ロ) 治療状況
昭和四七年八月二八日から同年一二月二七日までの間笹川病院に入院。同月二八日から毎日同病院に通院し現在に至る。
(ハ) 後遺障害
左足瘢痕。右は後遺障害等級一四級に該当する。
二 責任原因
(一) 被告金関係
1 被告金は、加害車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、原告らが本件事故によつて被つた後記損害のうち人的損害について自賠法第三条にもとづき賠償すべき責任がある。
2 同被告は、本件交差点を北から南に向け通過しようとしたのであるが、無灯火で、しかも同交差点の直前で一時停止の標識に従つて停止することを怠り、左右の安全を確認しないまま時速約八〇キロメートルの高速度で本件交差点に進入した過失により、加害車を、折から同交差点を東から西に向け通過しようとした被害車に衝突させたものであるから、民法第七〇九条にもとづき、原告らが本件事故によつて被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
(二) 被告北海道関係
1 同被告は地方公共団体であり、警察法にもとづき北海道警察を設け、同法第二条所定の交通取締等公共の安全と秩序の維持に当つているものである。
2 北海道警察札幌南警察署勤務の警察官は、昭和四七年八月二七日午後一〇時ごろから、札幌市中央区南二二条西一一丁目先国道二三〇号線で交通指導取締を行つていたのであるが、同署配置のパトロールカー札八た二〇〇六号(以下本件パトカーという。)に乗務し同所付近国道傍で待機していた同署勤務の巡査鈴木謙二、同笹木恒夫ほか二名の警察官は(鈴木巡査は運転席に、笹木巡査は助手席に、他の二名は後部席に着席)、翌二八日午前〇時二〇分ごろ、同国道上を札幌市中心部に向け指定速度を上廻る速度で北進する加害車を認め(右国道は、藻岩橋から札幌市内全域にかけて、北海道公安委員会が最高速度を四〇キロメートル毎時と指定)、鈴木巡査の運転のもと本件パトカーを直ちに出動させて加害車を追尾し、同区南二二条西一一丁目交差点から北方約七〇メートルの地点で赤色警光灯を点灯して緊急自動車の要件を備え加害車に約二〇メートルに接近して速度測定にはいり、右の車間距離を保持しながら南一八条西一一丁目までの約二〇〇メートルの間右測定を行い、加害車の速度が六〇キロメートル毎時であることを確認した。
3 右確認を終えた時点において、加害車は青信号に従い、南一七条西一一丁目の交差点を右折し南一七条通りを東進しはじめていた。鈴木巡査らは同車を停止させて検挙すべく、同交差点直前の地点において本件パトカーのサイレンを吹鳴した。次いで、笹木巡査が同車備付けのマイクが三回にわたり「前方のセリカ停りなさい。」と呼びかけたが、加害車はこれを無視し走行を続けた。
4 本件パトカーは前記車間距離を保ちつつ加害車を追尾し南一七条西九丁目交差点に接近した。当時、同交差点には停止信号に従い停止中の二台の車があつたのであるが、被告金はこのころから異常な精神状態に陥り、同信号を無視し、右停止中の車の間を縫い時速約六〇キロメートルの速度で同交差点を通過した。
5 被告金は右交差点を通過後加害車の前照灯を消しスモール灯を点灯したのみで右南一七条西八丁目交差点を右折して西八丁目通りに入り同通りを南進し、同交差点から南一八条西八丁目交差点付近までの約一五〇メートルを約六四キロメートル毎時の速度で進行した(本件パトカーは西八丁目通りに進入した直後加害車の速度を再度測定した。)。加害車は同交差点を通過後約八〇キロメートル毎時に加速し(このため本件パトカーとの車間距離が約三〇メートルに開いた。)、そのまま本件交差点に進入して本件事故を発生させた。
右西八丁目通りは歩車道の区別のない幅員11.5メートルの道路で、本件交差点手前に一時停止の標識がある。他方被害車進行の道路は歩車道の区別のある車道幅員一三メートルの道路である。同交差点は交通整理が行なわれていないし、左右の見通しが良好でない交差点である。
6 鈴木巡査らは加害車のスピード違反を認識してこれを追尾した際同車の登録番号を確認している。
7 事実関係は以上のとおりであるが、
イ、鈴木巡査らは、加害車の登録番号を確認したのであるから、道路交通を危険に陥れてまで検挙のため加害車を追跡する必要がなかつた。仮に右番号を確認しなかつたとしても、道路運送車輛保安基準第三六条に「自動車の後面には夜間後方二〇メートルの距離から自動車登録番号標……等の表示を確認できる……番号灯を備えなければならない」と定められていること、本件パトカーが加害車の後方約二〇メートルに接近していること及び右保安基準第三二条により本件パトカーの前照灯が夜間前方一〇〇メートルの距離にある交通上の障害物を確認すべきものとされていることに照らし、同巡査らは加害車の登録番号を確認しえた筈であるから、加害車の追尾に際し先づ第一に右番号を確認し、ことに加害車が暴走を始めた時点において道路交通の危険を防止するため右番号を確認し、加害車の追跡を中止すべきであつた。
ロ、また同巡査らは、第一回目の加害車の速度測定の結果これが六〇キロメートル毎時であることを確認したのであるから、少くとも右の測定終了の時点において加害車を停止させる方法を講ずべきであつた。
ハ、次に同巡査らは、南一七条西一一丁目交差点から加害車が前照灯を消灯した地点までの間において他のパトカーに連絡しあるいは加害車の前方に出るべきであつた。
ニ、被告金は、南一七条西九丁目の交差点が赤信号であるのにこれを無視し、停止中の車の間を縫い、更には加害車の前照灯を消して暴走を続けたのであるが、鈴木巡査らは、この時点において、同被告が異常な精神状態に陥り、このまま追跡を続ければ交通に危険を及ぼす無謀な運転をし、これにより他車と衝突する危険があることを予想すべきであり、また予想しえたのであるから、加害車の前方に出るか、追跡を断念し、無線連絡により他のパトカーの応援をえ、ことに西八丁目通りに進入した時点においてわざわざ加害車の速度を再測定することなく他のパトカーに無線連絡をして加害車を包囲検挙すべきであつた。
8 鈴木巡査らは以上それぞれの措置をとり、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのであるが、加害車の登録番号を確認したのに、または同番号を確認しえたのにかかわらず不注意にもこれを確認することなく道路交通を危険に陥れて同車を追跡し、また同車の前方に進出することも、他のパトカーに無線連絡してその応援下に加害車を包囲することもなく、被告金の逮捕に急の余り、当然予見しうる事故発生の危険を無視し本件パトカーによる追跡を続けた過失により、被告金をしてますます狼狽させて加害車を暴走させ、よつて本件事故を発生させた。
9 よつて被告北海道は、国家賠償法第一条第一項にもとづき、本件事故により原告らが被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
三、損害
(一) 原告小林関係
原告小林は、本件事故により次のとおり損害を被つた。
1 治療費 金五〇万九、七〇〇円
2 入院雑費 金三万六、九〇〇円
一日三〇〇円、入院期間一二三日
3 付添費 金二四万六、〇〇〇円
(イ) 昭和四七年八月二八日から同年一〇月一六日までの間父母の付添
(ロ) 同月一七日から同年一二月二八日までの間付添婦の付添。
4 休業損害 金二七万三、一一〇円
(イ) 平均月収 四万一、五〇〇円
休業期間 昭和四七年九月から昭和四八年一月までの五ケ月間。
(ロ) 右期間中の賞与 六万五、六一〇円
5 物損金三四万六、五八〇円
(イ) メガネ 二万九、九八〇円
(ロ) 時計 二万円
(ハ) 靴 三、六〇〇円
(ニ) 洋服 四万円
(ホ) カバン 三、〇〇〇円
(ヘ) 被害車の廃車損 二五万円
6 入通院慰謝料 金一二〇万円
7 後遺障害慰謝料及び後遺障害による過失利益 金五二万円
8 損害のてん補
原告小林は、本件事故による傷害に関し自賠責保険から金一〇二万円、社会保険から四万一、九二〇円のてん補を受けた。
(二) 原告高橋関係
同原告は、本件事故により次のとおり損害を被つた。
1 治療費 金五一万六、三六〇円
2 入院雑費 金三万六、六〇〇円
一日三〇〇円、入院期間一二三日
3 付添費 金二四万四、〇〇〇円
昭和四七年八月二八日から同年一二月二七日まで父母の付添。
4 休業損害 金二一万〇、七四〇円
(イ) 平均月収 三万三、〇〇〇円
休業期間 昭和四七年九月から昭和四八年一月までの五ケ月間。
(ロ) 右期間中の賞与 四万五、七四〇円
5 物的損害 金二万三、〇〇〇円
(イ) 時計修理代 二、〇〇〇円
(ロ) 靴 三、〇〇〇円
(ハ) 洋服 一万五、〇〇〇円
(ニ) カバン 三、〇〇〇円
6 入通院慰謝料 金一二〇万円
原告高橋の傷害の部位・程度、入・通院の経過にかんがみ一二〇万円を相当とする。
7 後遺障害慰謝料 金一九万円
8 損害のてん補
原告高橋は本件事故による傷害に関し自賠責保険から六九万円、社会保険から四万六、九六〇円のてん補を受けた。
四、結論
よつて、原告小林は被告両名に対し、各自金二一一万二、二九〇円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和四七年八月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告高橋は被告両名に対し、各自金一七三万〇、七〇〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、それぞれ支払を求める。
第三、請求原因に対する答弁
一、被告金
(一) 請求原因一の事実については、6の(1)及び(2)の各(ロ)を除き、すべて認めめる。6の(1)及び(2)の各(ロ)については、原告らがそれぞれ入院した点は認めその余は不知。
(二) 同二の(一)の事実中被告金が加害車を所有しこれを自己の運行の用に供していたことは認める。
(三) 同三の(一)の事実中、1ないし4、5の(イ)ないし(ホ)、及び7、8は認め、5の(ヘ)及び6は争う。
同三の(二)の事実中、1ないし5、7、8は認め、6は争う。
二、被告北海道
(一) 請求原因一の事実については、6の(1)及び(2)の各(ロ)は不知、その余はすべて認める。
(二) 同二の(二)の事実中、1ないし3及び5は認め、4については被告金が異常な精神状態に陥つたとの点を争いその余を認め、6ないし9は争う。なお被告北海道は同被告に対する責任の主張に対し以下のとおり反論する。
1 道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることは警察官の重要な職責であり、かかる職責を有する警察官が交通取締中、交通違反特に道路交通上危険発生の大きいスピード違反を現認した場合拱手傍観することは許されず、直ちに追尾して当該違反行為を制止・検挙して道路交通上の危険を未然に除去しなければならない。
本件パトカーの追尾は、右の危険除去のための、適法な公権力の行使行為であり、警察官としての正当な職務行為である。よつて右追尾行為に違法性はない。
2 一般の自動車運転者は、警察官から車両の停止を求められた場合これに応じて停止すべき義務があるところ、鈴木巡査らは、被告金が停止の呼びかけに応じて加害車を停止させることを期待したのであるが、予期に反し暴走を継続したため、危険の発生を未然に防止するため更に追尾する必要を生じ、追尾を続行したのであつて、加害車の暴走を誘発する意図の下に追尾したのではない。よつて追尾と暴走間に関連共同性がなく、また追尾と本件損害の発生間に相当因果関係がない。
3 被告金は本件パトカーの追尾により狼狽して暴走したものではない。同被告は通常人としての事理弁別能力を有し、本件パトカーに停止を求められた際その指示に従わなければならないことを認識していたし、これに応ずるか否かの意思決定自由を有していたのである。被告金の逃走行為は右の自由意思の決定により選択されたものであつて、本件パトカーの追跡が加害車の暴走を誘発助長したということはない。
4 仮に被告金が本件パトカーの追跡により狼狽して暴走したとしても、右追尾と本件損害との間に法律上の因果関係はない。すなわち、パトカーがスピード違反車を追跡した場合、違反車の運転者において道路交通上危険を及ぼす精神状態、特に精神錯乱に陥り車両を暴走させ交通事故を起すということは通常ありえないから、警察官としてはかかる精神状態の発生及び交通事故による損害発生の予見可能性がないからである。
5 車両の後面番号標の番号灯が道路運送車両保安基準第三六条に適合する性能を有するか否かの検査は、自動車検査業務等実施要領(自車第八八〇号、昭和三六年一一月二五日付運輸省自動車局長の各陸運局長宛依命通達)四―二六―一、四―二六―二に定める方式によつて行われるところ、その方式とは「番号灯試験器を用いて番号灯を点灯したときの番号標板面の照度を計測し」「計測した照度が三〇ルクス以上」あれば右の性能を有しているとして取り扱う。つまり番号標板面(ナンバープレート)を静止させて番号灯を点灯したとき三〇ルクス以上あれば夜間後方二〇メートルの距離から右番号を確認できるものと擬制しているにすぎない。
ところで人間の視力には個人差があり、また時々の健康状態による視力の差があり、また周囲の明るさによつてその視力は異なり、更に移動している物件に対する移動している人間の視力が低下することはよく知られるところである。要するに、夜間走行している車両から、同じく走行している先行車の番号標のナンバーが確認できるか否かは、運転者の視力、車両の速度、周囲の明るさ、動揺の程度等によつて定まるのであつて、たとえ右番号灯の性能が前記保安基準に適合していたとしても前車の後方二〇メートルの位置から右ナンバーを確認しうるとはいえないのである。
また前記保安基準第三二条の性能の判定は、前記実施要領四―二二(2)に定める方式によるが、これは静止時における前照灯の光度が一定数値に達していることをもつて、一〇〇メートル前方の障害物を確認できる性能があるものと擬制しているにすぎない。従つて本件パトカーの性能が右保安基準に適合していたとしても、加害車のナンバーを確認できたか否かは、前同様、視力、速度、周囲の明るさ、車体の動揺等客観相状況に照らして判断されなければならない。
しかるところ、本件追尾は深夜の暗い路上で行なわれ、加害車及び本件パトカーとも時速約六〇キロメートルの高速で移動しているものであり、そのうえ路面の凹凸による車体の動揺がある等のことから、鈴木巡査らが加害車の登録番号を確認するには五メートル以内の至近距離に接近しなければならないのであるが、右のように高速走行する車両の制動距離を考えると、車間距離を二〇メートル以下に縮めることは追突の危険を著しく増大させることとなり絶対避けるべきことである。
鈴木巡査らは、右事由により加害車の登録番号を確認できなかつたし、また確認しなかつたことにつき何らの不注意もない。
6 また交通取締に従事する警察官は、交通法規違反車両を検挙する司法目的のみならず、紊乱された違反状態を鎮圧・制止し、交通秩序を回復する行政目的をも達成すべき職責を有するから、仮に違反車の登録番号を確認したからといつて、追尾することを中止し違反状態を看過、放置することは原則として許されないのである。
7 原告らは、鈴木巡査らは、当初の速度測定の結果加害車のスピード違反を確認したのであるから、少くとも右測定作業終了点において同車を停止させるべき方法を講すべきであつたと主張する。しかし本件パトカーの乗務員は、同点において加害車の速度の測定作業を終えた直後、同車を停止させるべく、サイレンの吹鳴を開始しているのである。また同点と南一七条西一一丁目交差点の間の距離は僅々一〇〇メートルであり、前記速度に照らせば両地点間の走行に要する時間は四、五秒程度であるから、この間において前記速度で走行する加害車を追越し停止させることは不可能であつた。殊に緊急自動車といえども交差点における徐行義務を免れないことを考えれば尚更そのようにいうことができる。
8 南一七条通りも西八丁目通りも、本件事故発生当時照明設備が殆んどない暗い道路で、南一七条通りは片側一車線、西八丁目通りは前記のとおり歩車道の区別がなく南一七条通りよりも狭いうえ道路両側に電柱が林立していた。またいずれの通りもその両側に家屋が塀立し、またこれに交差する多数の横丁、小路等があつて常に人車が右通りに進入してくる可能性があつた。
ところで加害車は南一七条通りにおいては時速約六〇キロメートルで、西八丁目通りにおいては更に加速し、かついずれの通りにおいても道路中央寄りを疾走したのであり、他方南一七条西一一丁目交差点から加害車が信号無視をした同条西九丁目の交差点までの距離は約二五〇メートル、同交差点から同条西八丁目交差点までは約一五〇メートル、この交差点から本件事故現場までは約三五〇メートルにすぎない。
かかる道路状況と距離及び加害車の走行状態のもとで、本件パトカーが事故を起すことなく加害車を追越してその前面に出たうえこれを停止することは到底不可能であるか著しく困難であつて、鈴木巡査らがかかる危険を犯してまで加害車を追越し、もつてこれを停止させるべき義務はない。
また鈴木巡査らは南一七条西九丁目交差点において加害車が信号無視するまで被告金の逃走の決意を知らず同被告が他の運転者と同様停止に応じてくれるものと信じ、そのように信ずるにつき過失がなかつたのであるから、同交差点に至るまでの間加害車を追越しその前方に出なければならない理由はなかつた。
9 本件パトカーがサイレンを吹鳴してから本件事故の発生に至るまでの経過時間は三七、八秒にすぎない。ところで札幌市内の交通状況等から本件バトカーが他のパトカーの応援をうるべく緊急無線連絡をしても、他のパトカーが現場に到着するまで約五分間を要するため、仮に本件パトカーが南一七条西一一丁目交差点直前の地点において他のパトカーの応援をうるため無線連絡しても、本件事故発生に至るまでの間にこれらの応援をえて加害車を停止、検挙することは不可能であつた。
10 また他のパトカーの応援を求めたとしてもこれにより追跡を中止したりサイレンの吹鳴を止めなければならないものではない。何故なら、応援を求めた他車が到着するまで違反車を見失わないように追尾すべきものであるし、加害車が前記のように交通信号を無視し、前照灯を消し、速度を時速約六〇キロメートルから約六四キロメートル、更には約八〇キロメートルに加速して暴走を続けたのであるから、かかる違反行為を放置するとすれば、かえつて他車両及び歩行者に道路交通上の危険を及ぼすことになるのであつて、本件パトカーが緊急自動車としての要件を備え、サイレンを吹鳴して走行することは、他車両及び歩行者にパトカーの接近を知らせるのみならず加害車による危険の発生を告知して避譲措置を促がし、もつて道路交通上の危険の発生を未然に防止する役割を果すことになるからである。それ故鈴木巡査らが本件パトカーの緊急走行及びサイレンの吹鳴を中止しなかつたことについて何らの過失がない。
11 更には、本件パトカーが西八丁目通りに入つた地点で加害車の追跡を中止したとしても、被告金はパトカーの追跡を振切つたと確信する地点まで高速度で逃走した筈であり、同交差点から本件事故発生地点まで約三五〇メートルにすぎないことを考えあわせれば、加害車が本件事故発生地点まで高速度で走行を続け、事故の発生に至つたと考えるのが自然である。
(三) 請求原因三の事実中(一)及び(二)の各7、8は認め、その余はすべて不知。
第四、証拠<略>
理由
第一本件事故の発生
一、請求原因一の事実中6の(1)、(2)の各(ロ)を除く事実は本件当事者間に争いがない。
二、<証拠>によれば、原告小林は、本件事故により生命重篤の傷害を受け、昭和四七年八月二八日から同年九月一六日まで琴似中央病院に、同日から同年一二月二八日まで及び昭和四八年六月五日から同月一四日まで保全病院にそれぞれ入院し(原告小林と被告金間において、同原告が入院した事実は争いがない。)、昭和四七年一二月二八日から昭和四八年六月四日まで及び同月一五日から昭和四九年二月二五日まで保全病院に通院(通院実数一七七日)して治療を受けた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
三、また<証拠>によれば、原告高橋は、本件事故により重傷を負いこれを治療するため、昭和四七年八月二八日から同年一二月二七日まで笹川病院に入院(原告高橋と被告金との間において、同原告が入院した事実は争いがない。)、同月二八日から昭和四八年二月一七日まで同病院に通院(通院実数二八日)したこと、その後遺症は、右肘、右前腕部、右膝、左下腿部に醜状を残すものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
第二責任原因
一、被告金関係
請求原因二の(一)の事実中、被告金が加害車を所有しこれを自己のため運行の用に供していたとの点は原告らと同被告間に争いがなく、その余の点については同被告においてこれを明らかに争わないから自白したものとみなす。
右事実によれば、同被告は原告らに対し、原告らが本件事故によつて被つた損害につき、人的損害については自賠法第三条にもとづき、物的損害については民法第七〇九条にもとづき賠償すべき義務がある。
二、被告北海道関係
(一) 請求原因二の(二)の事実中、1ないし3及び5並びに4のうち被告金が異常な精神状態に陥つたとの点を除くその余の事実は、原告らと被告北海道間に争いがない。
(二) 右争いがない事実と、<証拠>を総合すると、つぎの事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
1 北海道警察所属の警察官である鈴木巡査らは、交通指導取締のため本件パトカーに乗務し、札幌市中央区南二二条西一一丁目先国道二三〇号線(同国道は歩車道の区別のある直線道路で舗装されている。車道幅員約一六メートル)付近の道路傍において待機中の昭和四七年八月二八日午前〇時二五分ごろ、右国道を定山渓方面から札幌市内に向つて、指定最高速度四〇キロメートル毎時を越える速度で北進する加害車(セリカ)を発見した。そこで本件パトカーの運転を担当する鈴木巡査は、直ちに同車を発進させ、右国道に進出して加害車の追尾を始め、南二二条西一一丁目交差点から約七〇メートル北進した地点で、加害車の速度違反取締としての速度測定のため、本件パトカーに赤色警光灯をつけ緊急自動車としての要件を備えたうえ、加速して加害車の後方約二〇メートルに接近し、右車間距離をおいて同車に追従しつつ走行した。本件パトカーの助手席に乗座した笹木巡査は、パトカーが右車間距離をおいて加害車を追尾中、南一七条西一一丁目交差点の手前約一〇〇メートルの地点に至るまでの約二〇〇メートルの間、同車の速度測定を行つた結果、その速度が時速約六〇キロメートルであることを確認した。よつて、鈴木巡査らは加害車を最高速度違反として検挙しようとしたが、折から同車が南一七条通りに進入すべく同交差点を右折し始めたので、交差点における接近行為の危険性を配慮して接近行為を止め、笹木巡査の操作によりパトカーのサイレンを吹鳴させながら加害車に続いて右交差点を右折し南一七条通りに入つた。右折直後笹木巡査はサイレンの吹鳴を止め、マイクで「前方のセリカ止まりなさい。」と三回呼びかけ加害車に停車を命じた(サイレンを吹鳴しながらマイク放送をするときは、声がサイレン音に消されて用をなさない。)。しかし、加害車がなおも前記速度で走行を続けるので、本件パトカーは再びサイレンを吹鳴させながら同車の追尾を続けた。
2 他方、加害車を運転していた被告金は、右交差点を右折する際、サイレンの吹鳴音を聞いて始めて本件パトカーに追尾されていることに気づいたのであるが、同月二六日に最高速度違反で検挙され、その際警察官から今度交通違反を犯せば免許停止になる旨注意されていたため、逃走して検挙を逸れようと決意し、南一七条通りを前記速度で東進し、右交差点から東方約一〇〇メートルの南一七条西一〇丁目交差点を減速しないまま通過し、更に、右交差点から東方約一五〇メートルの信号機が設置されている南一七条西九丁目交差点に差しかかつた。当時その信号機の対面信号は赤を示し、この表示に従い、進行車線上に二台の自動車が並列して停車し、また対向車線上に一台の自動車が停車中であつたが、被告金は信号を無視し、ブレーキをかけながら巧みに加害車を操縦して進行車線上の車と対向車線上の車の間を通り抜け、このようにして右交差点を通過し、間もなく加害車の前照灯を消し(以後前照灯を消灯したまま走行した。)、次いで右交差点から東方約一五〇メートルの南一七条西八丁目交差点をそれ程減速することなく右折して西八丁目通りに入り、その直後速度を約六四キロメートル毎時に加速して同交差点からその南方約一四〇メートルの南一八条西八丁目交差点付近まで同速度で南進し、同地点付近から車速を更に約八〇キロメートル毎時に上げ、同地点から南方約二一〇メートルの本件交差点まで同速度で疾走を続け、南一九条西八丁目の本件交差点手前にある一時停止の標識を無視して交差点に突込み、折から南一九条通りを時速三〇ないし四〇キロメートルで西進して本件交差点に進入してきた被害車に激突した。
なお加害車は、南一七条通りにおいては道路中央線寄りを、また西八丁目通りにおいては後記舗装部分上を進行したものである。
3 鈴木巡査らは、前記1のとおり加害車を追跡し、被告金において南一七条西九丁目交差点において信号無視をするまでは、同被告がマイクの呼びかけ及びサイレンの吹鳴音に従つて任意に停止することを期待していたが、右交差点における信号無視をみて同被告の逃走の決意を察知し、更に同車が前照灯を消灯するに及んで右決意を確信した。しかし同被告の逮捕とこれによる道路交通危険の除去及び通行人や他車両に対し危険の切迫を警告して避譲措置をとらせる目的をもつて、あわせて加害車を停止せしめるにつきサイレンの吹鳴音をきいた民間車等の協力を期待して、サイレンの吹鳴を継続しながらなお追跡を続け、右交差点通過に際し徐行し(緊急自動車といえども信号機が赤を示している交差点を通過するに当つては徐行義務を免れない。道路交通法第三九条)、ために加害車との車間距離が約三〇メートルに開いたので、西八丁目通りに入つて加速しその車間距離を約二〇メートルに縮め、そのころ笹木巡査において再度加害車の速度を調べた結果それが約六四キロメートル毎時であることを確認した。しかし前記のように南一八条西八丁目交差点付近において加害車が約八〇キロメートル毎時に加速したため、同巡査は一旦は本件パトカーの時速を約七〇キロメートルに増速したが、このまま追跡を続けても加害車を停止させるのが困難であると判断し、他のパトカーの応援を求めることとして減速した(その応援を求めるには次記4の無線連絡の方法によるが、そのためにはサイレンの吹鳴を中止して無線通信音をよく通じる状態にする必要があり、その吹鳴を中止するときには、この吹鳴音による人・車の避譲措置が期待できないので、勢い高速走行を維持できない。)。そして笹木巡査がそれまで吹鳴させていたサイレンの作動を中止し、消音するのをまつて北海道警察本部に無線連絡をしようとしたのであるが、右作動中止直後でいまだにサイレン音が鳴つている間に本件事故が発生した。
4 パトカーから他のパトカーの応援を求めるときは、無線で北海道警察本部に緊急通話し、同所から他のパトカーに指令するか、無線で「付近にパトカーがあれば応答願います」と呼びかける方法によることになるが、応援を依頼したのち現実に応援をえられるには少なくとも五分間を見込まなければならない実情にある。
5 次に、加害車の速度測定中においても、またその後本件事故発生までの間においても、加害車も本件パトカーも高速で移動しているほか車体の動揺及びこれに伴う視点の動揺があり、かつ夜間でもあつたため、加害車に前記車間距離をとつて追跡した鈴木巡査らにおいては、同車の登録番号を確認することができなかつた。
なお、これを確認するためには安全車間距離の保持を無視し、追突の危険を省みず、加害車に更に接近しなければならないものであつた。
6 次に南一七条通りは舗装された歩車道の区別のある直線道路で、車道幅員は約一三メートル(片側一車線)、車道両側の歩道は各約三メートルであり、道路両側には商店と住居が混在して建ち並び、事故当時は照明灯がなくかなり暗い道路であつた。また南一七条西一一丁目交差点と同条西八丁目交差点間の右通りには、車道幅員八メートル余の西一〇丁目通り、西九丁目通りが交差している。また、西八丁目通りは歩車道の区別のない幅員11.5メートルの直線道路で、中央部分が4.5メートル幅でアスフアルト舗装されている。そしてこの舗装部分の両側の非舗装部分には電柱が立ち並んでいるため、車両の走行は事実上舗装部分に制限される状況にある。また道路両側は人家が建ち並び、事故当時は照明灯がなく暗い道路であつた。右南一七条西八丁目交差点と本件交差点間の右通り(この距離約三五〇メートル)には、数本の大小道路が交差している。この通りにおいて、舗装部分上を走行する車両を追越そうとするときは、非舗装部分に出て追越し行動をとらざるをえないが、この場合においては電柱に衝突する危険性が高い。
(三) 右認定事実を基礎として、鈴木巡査らの過失の有無を検討する。
1 原告らは、鈴木巡査らは、加害車の登録番号を確認したのであるから、道路交通を危険に陥らせてまで同車の追跡をなすべきでない注意義務があるのにこれを怠つた旨主張するところ、前記認定のとおり、同巡査らにおいてこれを確認していないのであるから、右主張はその点において既に採用の限りでない(なお追跡すべきでなかつたか否かの点についての判断は後記のとおり。)。
また原告らは、鈴木巡査らがこれを確認しなかつたことに過失がある旨主張する。なる程道路運送車両保安基準に照らせば、加害車が停止している状態下においては、同巡査らは同車の後部番号標面板に記載してある登録番号を確認しえた筈であるといわなければならない。しかしながら、前記認定のとおり加害車も本件パトカーも高速で疾行しているところ、路上走行によつて両車とも車体が上下、左右に揺れ、これに伴つて鈴木巡査らの視点が動揺すること、ならびに夜間で路面が暗かつたことなどに照らすと、車間距離を二〇ないし三〇メートルに保持した状態で右番号を確認しえなかつたとするも止むをえないのである。そしてまた、鈴木巡査らに、加害車に追突する危険を省みず更に接近し、もつて右番号を確認すべき義務があつた、とは到底認めることができない。
よつて右の主張も採用できない。
2 原告らは、同巡査らは当初の速度測定終了点において加害車を停止させる措置をとるべき注意義務があつたのにこれを怠つた旨主張するところ、同巡査らが右測定作業終了直後その停止を求めるためサイレンを吹鳴していることは前記認定のとおりであるし、また他のパトカーの応援を求めあるいは加害車を追越す方法で、右地点付近において同車を停止させることができないものであつたことは以下認定のとおりであるから、右主張も採用できない。
3 原告らは、同巡査らにおいて、他のパトカーの応援を求め、その応援をえて本件交差点に至るまでの間に加害車を停止させるべき注意義務があつたのにこれを怠つた旨主張するが、前記認定のとおり、右当初の速度測定終了点から本件交差点までの距離が約八五〇メートルであるから、この間を時速六〇キロメートルで走行するときの所要時間は約五一秒、時速四〇キロメートルで走行してもその所要時間は約七七秒に止まること、しかるに前記認定のとおり、現実に他のパトカーの応援をえられるのは、少くともこれを依頼してのち五分間を見込まなければならないのであるから、たとえ同巡査らが右測定作業終了直後右応援依頼の措置をとつたとしても、本件事故の発生に至る以前にその応援をえて加害車を停止させることはできない。
してみれば右主張は採用できない。
4 次に原告らは、同巡査らは本件交差点に至るまでの間に加害車を追越す方法により同車を停止させるべき注意義務があつたのにこれを怠つた旨主張する。
緊急自動車によつて速度違反車の取締、検挙にあたる警察官は、もとより当該違反車両を追越してこれを停止させる方法をとりうるわけであるが、かかる方法を採用するか否かは、道路の状態、そのときの交通状況、違反車の運転態度その他諸般の事情を総合判断のうえ決定すべく、常に一義的にこの方法を採用しなければならない義務があるわけではない。しかも本件の具体的事実に則してみると、前記当初の速度測定終了地点から緊急自動車であつても徐行義務を免れない南一七条西九丁目交差点までの約三七〇メートルの間においては、この区間は鈴木巡査らにおいて被告金が本件パトカーのマイクによる呼びかけ及びサイレンの吹鳴音をきき任意に停止することを期待した区間であるが、その期待が失当であつたと認めるべき証拠はないから、右区間において加害車を追越すべきであつたとはいえない。のみならず、右速度測定終了地点から最初の右折点である南一七条西一一丁目交差点までの間においては、前記認定の距離(約一〇〇メートル)及び加害車の時速(約六〇キロメートル)に照らし同車を追越すことは極めて危険かつ困難であつたといわざるをえないし、また右交差点から南一七条西九丁目交差点までの約二七〇メートルの間においても、成立に争いのない乙第六号証の二によつて認められるとおり、時速六〇キロメートルの先行車に三〇メートルの車間距離をおいて追従する車両が八〇キロメートル毎時の高速で追越すのに二八〇メートルの距離を要すること及び前記認定のとおり南一七条西九丁目交差点には進路上に二台の並列停止車、対向車線上に一台の停止車がいて進行の障害になつていたこと、並びに加害車が道路中央線寄りに進路をとつていたことの諸点に照らせば、右区間において到底安全に加害車を追越しえたとは認め難い。更に、南一七条西九丁目交差点から二度目の右折点である南一七条西八丁目交差点までの間においては、前記認定の距離(約一六〇メートル)及び加害車の速度(約六〇キロメートル毎時)並びに無謀な運転態度に照らし、同車を追越すことは至難の業であつたといつて差支えない。また南一七条西八丁目交差点から本件交差点までの西八丁目通りにおいては、前記認定のとおり、舗装部分上を走行する加害車を追越すためには電柱に衝突する危険を省みることなく非舗装部分に出て追越し行為をしなければならないこと及び加害車の速度ならびに被告金の運転態度に照らし、同車を追越すことは到底不可能であつたという外ない。
よつて右主張も採用できない。
5 原告らは、鈴木巡査らは被告金が南一七条西九丁目交差点において信号無視を犯し、次いで加害車の前照灯を消灯した時点において、被告金が異常な精神状態に陥り、そのまま追跡を続ければ同車の無謀運転により他車と衝突する危険があることを予見し、又は予見しえたのであるから、追跡行為を中止すべき注意義務があつたのにこれを怠つた旨主張する。
(1) <証拠>において、同被告は「本件パトカーから追跡されて逃走中意識が転倒混乱した」趣旨の供述をしているが、前記認定のとおり、南一七条西九丁目交差点通過に際しての巧みな運転操作、その直後の意識的な前照灯の消灯、南一七条西八丁目交差点における高速下での確かな操作による右折、西八丁目通りにおいて走路を狭い舗装部分に保持した上での高速走行の諸点を総合すれば、右供述はたやすく信用し難く、かえつて被告金は、当時、それ自体の存在が無謀な運転を招来するような精神的混乱に陥つてはいなかつたと認めることができる。
(2) しかしながら、主張の地点以降における被告金の運転態度をみると、その態度による運転が継続する限り、通行人あるいは他の車両に衝突する危険が生じたことは否めず、そして鈴木巡査らにおいてもこの危険を認識したことは証人笹木恒夫、同鈴木謙二の各証言によつて明らかである。
さて、警察法第二条に定める責務を有する警察官は、現行犯を現認した以上これを放置することは許されず、司法警察権にもとづき、速かに犯人の検挙、場合によつては逮捕の職責を有し(警察法第二条、第六五条、刑事訴訟法第二一三条等参照)、そしてその職責、遂行のため犯人を追跡しうることは当然のことであり、また、道路交通法違反の行為により交通事故発生のおそれがあり道路交通の安全と秩序が犯されている場合にあつては、行政上の目的からする警察権の行使として、速かに違反状態を摘除して右の安全と秩序の回復をはかるべく(警察法第二条、警察官職務執行法第一条、第二条、第四条参照)、そのためには違反車両を停止させあるいは停止させるためにこれを追跡しうることも多言を要しない。そして更に、交通事故発生の危険があつて、急を要する場合には危害を受けるおそれのある者に対し危害を避けるため避難させ、あるいは危害防止のため通常必要と認められる措置を、警察官自らとることができるのである(警察官職務執行法第四条)。
これを本件についてみると、鈴木巡査らの追跡行為は、一つには被告金を現行犯人として検挙あるいは逮捕する目的に出たものであり、二つには交通事故発生の危険のある違反行為を摘除しもつて道路交通の安全と秩序回復をはかる目的に出たものであるから、正当な職務行為である。のみならず、ことに前照灯消灯以後の同被告の運転態度に照らせば、警察官としては、前掲各法条の趣旨にもとづき、速かに道路交通の安全と秩序を回復するため加害車を追跡停止させて違反状態を摘除することに努めるとともに、その間においてサイレンの吹鳴により通行人及び他車両に交通事故の危険が迫つていることを警告しもつて避譲措置をとらせることが必要であつたというべく、鈴木巡査らのとつた行動はその趣旨に添つたものということができる。これに加え、前記認定の追跡方法は妥当なものであつたと認めることができる。
してみると、鈴木巡査らにおいて、加害車の追跡行為を中止すべき義務があつたとする原告らの主張は採用できない。
6 他に本件事故の発生につき鈴木巡査らの過失を認めるに足りる証拠はない。
(四) してみれば、その余の点を判断するまでもなく、原告らの被告北海道に対する本訴請求は理由がないから棄却を免れない。
第三損害
(一) 原告小林関係
1 請求原因三の(一)の事実中1ないし4、5の(イ)ないし(ホ)及び7は、原告小林と被告金との間に争いがない。
2 <証拠>によれば、被害車は本件事故により修理不能の程度にまで大破し廃車処分になつたこと、しかし同車は訴外北海繊維株式会社の所有であることが認められるところ、原告小林が、右の廃車による損害を請求しうる根拠を認めるに足りる証拠はない。よつて右の損害についての同原告の請求は認めることができない。
3 前記認定の傷害の程度、入・通院期間にかんがみ、原告小林が本件事故によつて入・通院を余儀なくされ、これによつて被つた精神的苦痛を慰謝すべき額は金一〇〇万円をもつて相当と認める。
4 右によつて原告小林に認められる損害額は金二六八万二、二九〇円となるが、これに対し同原告が自賠責保険及び社会保険より計金一〇六万一、九二〇円のてん補を受けたことは、同原告と被告金間に争いがない。
よつて結局、同原告は同被告に対し、残額金一六二万〇、三七〇円について損害賠償請求権を有するものである。
(二) 原告高橋関係
1 請求原因三の(二)の事実中1ないし5及び7は、原告高橋と被告金との間に争いがない。
2 前記認定の傷害の程度、入・通院期間に照らし、原告高橋が本件事故によつて入・通院を余儀なくされ、これによつて被つた精神的苦痛を慰謝すべき額は、金五〇万円をもつて相当と認める。
3 右によつて原告高橋に認められる損害額は金一七二万〇、七〇〇円となるが、これに対し同原告が自賠責保険及び社会保険より計金七三万六、九六〇円のてん補を受けたことは、同原告と被告金間に争がない。
よつて結局、同原告は同被告に対し、残額金九八万三、七四〇円について賠償請求権を有するものである。
第四結論
よつて、原告小林の被告金に対する請求は、金一六二万〇、三七〇円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和四七年八月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、原告高橋の被告金に対する請求は、金九八万三、七四〇円及びこれに対する右同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、原告らの被告北海道に対する請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(藤原昇治 増山宏 小林正明)